ケンと魔砲と剣とマホ

著者/富沢 義彦

第1話 【ショユウケン落としました?!】

1 プロローグ

南の聖堂の周りでは轟々と吹雪が吹き荒れ、西の宮殿は砂嵐に覆われている。
 北の城塞は囲まれた兵らの砲撃による噴煙で霞み、東の寺院には幾つもの竜巻が近づいている。
 地面のあちこちにはひび割れて赤々とした溶岩がのぞき、夜空のそこここでは稲光が閃き、遅れて不気味な雷鳴が轟く。
 中央の塔に螺旋状に貼りつく、まるで白骨の龍がからみついているかのように見える外回廊を一人の女騎士が黙々と登っている。進むたびに眼前に現れる下界各地の惨状が、女騎士の心を繰り返し苛んでいた。
「もはや私の手には負えない……」
 思わず女騎士の唇から独り言が漏れる。乾いた唇を一舐めし、気合を入れ直して回廊を登り続ける。
 頂上までは、あと二周りでたどりつく。高みに至るほど辺りの景色は一時に見渡せるようになり、その異様さが目につく。
 吹雪に砂嵐に竜巻、そんな物が一時に起こるものか? 町はずれで戦が起こりながら、町の中央では祭りの馬鹿騒ぎで花火が上がり、そうかと思えば、山や谷では魔物を追って駆けまわる者があり、浜辺に流れ着いた海賊と山賊が争い始めたかと思うと、いつの間にか共に宝探しを始めたり……。何と言う騒がしさ、何と言う混沌。
 まるで世界の終りが来ている最中に、世界の始まりの祭りが行われてでもいるような地上の混乱。
 ようやく頂上にたどり着いた女騎士は、砂埃だか雪片だか分からない霞の向こうに広がる世界を眺めて溜息をつく。
 足元から吹き上げる風が、女騎士のセーラー服を思わせる白づくめの軽鎧を揺らし、肩や胸元の装飾、腰や背中や脛に帯びた何本もの剣がカラカラと軽い音を立てた。
 風の吹いてきた先、筒状になっている塔の頂上中央から遥か地下まで穿たれた巨大な穴に、女騎士は目を移す。この塔は巨大な採掘塔として作られたのだ。
「こんなはずじゃなかった……」
 深く暗い闇を見つめていた女騎士は、ふと背後に気配を感じて振り向いた。
 灰色の景色に浮き上がる目の覚めるような赤。深紅のマントと鎧に身を包んだ、これも女騎士だ。
「ずいぶん探したよ、マスターホーリーナイト。やっぱり、あんたが、この世界のカギだったんだね」
 赤の女騎士の口調には、どこか相手を蔑むような響きがあった。白と赤、その印象どおり、両者は相反するオーラをまとっている。
「私は、この世界嫌いじゃないよ、マスターホーリーナイト」
「この醜悪さが異界より渡りし騎士の肌に合うとはな」
「何だろうね、その時代がかった言い回し。あんたの中で流行ってるわけ? それとも少しでも正統派に見せたいのかな?」
「この混沌、正さねばならぬ!」
「混沌なものですか。ルールさえ分かればとっても快適。誰もが想いを形に出来るワンダーランド! もっともっと魔王の版図が広がればいい」
「魔王とは、どの魔王だ!」
「どの魔王でも!」
「戯言を!」
 白の女騎士は背中に帯びていた幅広の剣を抜いた。
「出たね、あんたのお得意、いや、お気に入りの剣の戦いか。剣と言っても、ただの剣じゃない。いわゆる魔法を秘めた魔法剣。剣としてはナマクラだから迫力には欠けるけど、使いようによっては……」
「黙れ!」
 いきなり赤の女騎士の鼻先を白の女騎士の剣がかすめる。
「刃が無くとも武器にはなるぞ」
 赤の女騎士は鼻の頭ににじんだ血を小指でぬぐう。その瞳にゆっくり冷たさが浮かぶ。
「だからね、マスターホーリーナイト、その剣は斬るものじゃないんでしょうに」
「知ったようなことを言うな。それと……」
 白い女の騎士の頬が紅潮している。
「その呼び名は止めろ!」
 再び繰り出される白の女騎士の剣を、今度は赤の女騎士の袖口から飛び出した金属の塊が受け止めた。金属の塊は拳銃に似た形をしていた。
「それは……」
「魔砲って言うんでしょ? マスターホーリーナイト!」
 鼻で笑いながら、赤の女騎士が白の女騎士の剣を弾き飛ばす。
「だから、その呼び名は……」
「確かに長いわね。じゃ、マスホーナ」
「勝手に略すな!」
 魔砲の照準は白い女騎士の手元。
「長いと気恥ずかしくない?」
「そ、そんなことない! 断じてない!」
 白い女騎士は剣を左手に持ち替え、右手がもう一本の剣を求めて動く。
「ま、いいけどさ!」
 砲声と共に赤い女騎士が砲の名と続けて気合のような言葉を叫んだ。
「……砲、ハップ! セコウッ!」
 雷鳴に少し遅れて白い女騎士も左手の剣の名を呼んで対抗した。
「……剣、ハツドウッ!」
 白い女騎士が言葉を発するのと同度に、砲から放たれた見えない衝撃が、白い女剣士の左手から剣を弾き飛ばす。
「私の……」
「ハハハハハハッ!」
 赤い女騎士の高笑いが、またも白い女騎士の言葉をかき消した。
「……剣がッ!」
 白い女騎士の剣は塔の中央の穴、深い闇の中に吸い込まれていく。
「なんとかケンだって騒いだってね。ホウを駆使されたら叶わないのさ」
 落下する剣に白い女騎士が手を伸ばす。
「ちょっ……マホ!?」
 白い女騎士の身体が剣の後を追う。
「えっ?」
 無意識に剣を追って虚空に飛び出ていた白い女騎士が振り返る。
「マホ!? 何それ!?」
「いいじゃない。呼びやすいわよ」
「マホじゃ普通の名前じゃないーっ……!」
 その叫び声を最後に白い女騎士、マスターホーリーナイト、改めマホの姿は吹き抜けの底に消えた。

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