署の前に立って不審者を警戒する、いわゆる立哨中の同期、仲間田が、早速、見咎めて声をかけてくる。
「そこの不審者、何だ、そんなあからさまな不審物持って。警察に対する挑戦か?」
 仲間田のどこか白熊を思わせる黒目がちの目に退屈しのぎの好奇心が浮かんでいた。付き合うと長くなりそうなので、あっさり答える。
「浜で拾っちゃってね」
「いつから廃品回収に鞍替えした?」
「廃品じゃないと思ってさ。よく出来てるんだよ」
「よく出来てる?」
 仲間田は改めて剣「のような物」を見なおした。そうだった。こいつはごつい体格に似合わず、相当のゲームマニアでアニメやフィギュアにも詳しいんだった。
「見たことないデザインだな。未発表の試作品……とか? それにしても物好きだね。仕事増やして」
「いや、別に通常業務だよ、これも」
 そう言いながら、これが仕事なのか半分自信が無い。

職員用入口から署内に入り、一階会計課の区画へ向かう。遺失物係は、まだ誰も来ていない。他の係は概ねそろっているというのに。
 突き刺さる視線を会釈で受け流す。これを気にしてるようじゃ、警察事務職など勤まらない。
 遺失物係は市民の皆さんが署に入ってすぐ見える位置にある。いろいろな届け出を受けとる総務課や交通課も一階にあるが、やっぱり遺失物係が一番フレンドリーなイメージじゃない?
 なのに、少し前に政府の打ち出した公務員削減の政策のため事務職の一般職員が減らされ、不慣れな警官が回された。中でも遺失物係には各部署から少々問題のある者達が集められた気がする。遺失物係の仕事、なめてるよね。
 だから、事務職としては新米の連中を、たまたま警察官でありながら事務方に回されていた、たった一人の経験者、網手警察の遺失物係を継ぐ者である俺が、なんとか束ねていかなければならない。あ、でも係長でも主任でもないんだけどね……。
 事務職が削減対象になったのはリストラしても他の企業に転職しやすかったためとも言われているけど、残された俺もまた何らかの問題児だったんだろうか。

そんなことを考えながらカウンターを雑巾で拭いていると係長が出勤してきた。始業10分前……。
「おはよう、ケンさん。今日も早いねぇ」
 さんづけは敬意を表されているわけではない。片倉憲という名前が不器用で有名な超大物俳優と似ていて、その俳優がケンさんと呼ばれているだけの話。
 最初は事務職の先輩でもある俺を立ててくれてるのかと思ったが、まったくそんなことはなかった。
 係長の名は枕井丈。階級は警部補。退職間近の58才で、通称、網手のブルース・ウィリス。頭髪はダ○ハード4で潔くスキンヘッドにする前の後退した感じ。いかにもオッサン的なたたずまいは本物に似ていなくもない。しかも、ここに来る前は北の県の丸暴で幾つも暴力事件を解決してきたとか、公安で出世コースだったが上層部の禁忌に触れて飛ばされたとか、不穏な噂が囁かれているあたりが、よりそれっぽかったりする。
「ケンさん、茶いれてくんねぇか、茶。チャチャッと茶、頼まぁ」
「またダジャレですか……」
「馬鹿言うねぇ。駄とは何でぃ、駄とは。言うなら洒落って言ってくんな。なんなら丁寧にお洒落でもかまわねぇんだぜ」
 どうせ茶を頼まれるのは分かっていたので、既に準備はしてあった。事務椅子の背もたれの性能限界までそっくりかえって、スマホをもてあそぶ係長の前に湯呑を置く。
「ありがとよ。洒落ってのは江戸文化だからな。高尚な言葉遊びよ。オヤジギャグがダメで、あれだ、ラップのライムがイケてるってのは差別だと思わねぇか?」
 次はスマホの画像を見せられることになっている。毎朝の決まりごと。枕井家で飼っている猫たちの愛らしいお姿……。
「どうでぃ。可愛いだろう。猫を好きな奴に悪人はいねぇ。歌川国芳って浮世絵師も猫好きでなぁ。ほら、この湯呑の柄がそうさね。どうでぇ、おめぇも……」
 そして、網手のブルース・ウィリスは最後に一言。
「一匹、飼いねぇ」
 言ってドヤ顔になるあたりが確信犯。ダ○ハードで主人公が言う謎の決め台詞「イピカイエー」を知ってのことに決まっている。そももそ「イピカイエー」に何の意味があるのか俺は知らない。

「あら、係長、今日も猫ちゃん達、お元気そうね」
 5分前の到着とは思わせない優雅さで現れたのは、主任の海里芹菜巡査部長。その目は係長のスマホに向けられてはいない。その如何にも心のこもってない感じこそ、37才の完成された女性だけが醸し出せるクールなムードだ。アップの髪型、幅の狭い眼鏡、口元のホクロと、いい女アイテムがせいぞろい。彼女が着こなすと警察の夏服も一味違って見える。
 さらに主任の前職が科捜研の科学捜査官だって言うのもたまらない。白衣の主任を目に浮かべるのは、あまりにも容易だ。遺失物係でも白衣を着てくれても一向に構わないのになぁ。別に俺は年上好みってわけじゃないが、主任のフェロモンには何とも抗しがたいものがあり、主任の通称がキャットウーマンなのは、ブルースよりも納得がいく。
 しかし、その異名は実は主任の情報通なところに由来するらしい。謎めいた雰囲気が、さらに彼女を香り高くしているに違いないが、遺失物係の主任が適任かどうかは判断に困るところだ。

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