--命がけの告白--

それは、長い旅を経て一つの惑星に降り立った。
 言葉も肉体もなく、存在が希薄な生命体。
 ただし感情はある。意志もある。
 それは、この星の言葉にすれば次のようなことを考えた。
「ここが、あいつらが逃げ込んだ星か」
 そして、ため息も吐いただろう。この星の住人なら。
 その住人を守りに、彼――驚くべきことに性別もあった――はここに来たのだ。
「さっさと見つけないといけねぇなぁ。死人が出ないうちに」
 少し難しい相談かもしれないけどな。
 そんなことを考えながら、彼は移動を開始した。

      ○

思えばその日は、朝からどんよりと黒い雲が立ちこめていて、何となく不吉な予感を山女蒼太に抱かせていた。
 彼が扉越しに流歌に起こされている時も、それは窓の外に見えていた。
「こらっ、蒼太、早く支度しろ。いつも規則正しい生活を心がけろと言っているだろう。毎回起こしに来てやっている、私の身にもなれ!」
「え、えー……」
 ドアの外で、強面の幼なじみが腕を組んで待っているとなれば、蒼太とて心平穏にはいられない。しかも、これは自分が頼んだことではないのである。
 流歌は生真面目な性格で、周囲の人間がだらけた生活をしているのも気に入らないらしく、時々行われる風紀委員の検査のある日を除いては、ほぼ毎日、強引に蒼太を起こしに来る。
 しかも、朝六時という(蒼太にとって)常識外の時間に。
「朝早く起きれば、そのぶんゆとりを持って身支度ができるからな」
 というのが彼女の弁だが、まだ眠い彼にとってはありがた迷惑この上ない。
 困ったことに、海外出張に出かけがちな両親もそんな流歌をしっかり信用しきっていて、合い鍵まで渡していると来た。閉め出すこともできないのである。そんなことしたら後が怖いから、絶対にしないが。
 ともあれ、流歌が起こしに来る時は大抵憂鬱な蒼太だったが、黒雲を見た時にはさらに気分が暗くなった。
(ああ、これはまた何かあるな。オレが人付き合いが苦手なことで「陰気臭い」とか蔑んでいる奴が、心にもないことを口にするとか、ノートにびっしり書いて机の中に入れるとか、そういう展開があるに違いない)
 ほぼ被害妄想に近いことを考え――確かに陰気臭い――蒼太はこれは純粋にありがたく、流歌が用意してくれたトーストと目玉焼きを平らげてから、重い足を引きずり登校する。
 だが、彼の予想に反して、授業中には何ごとも起こらず、平穏な学園生活が過ぎていった。
 ただ、時々何かしら視線を感じたのだが、蒼太はそれを返すことはしなかった。怖い人が因縁つけてるとかだったら、イヤだからである。
 それが伏線だったのだろう。
 しかも、複数の。
 第一の伏線は、彼が下駄箱で靴を履き替えている時に回収された。
「あなた、二年の山女蒼太くんね」
「え?」
 後ろからいきなり声をかけられたので、彼は振り返った。
 そこには一人の少女が立っていた。
 若干背は低いが、背中まで届く黒髪と、知性的な光を宿す目が印象的な美人で、どこか大人びた雰囲気を持っている。制服についているリボンを見れば、一学年上の三年生であった。
 そしてこの少女を、蒼太は知っていた。
「えっと、あなたは確か……三年の鹿毛憂先輩」
 男なら誰もが振り返るほどの美貌を持ち、成績は文武共にトップを維持していることで有名な優等生だ。
 そして何より、この学園の生徒会長も務めている。
 成績優秀、人望も厚く、そして美人と非の打ち所がない彼女に、男なら誰もが憧れてやまない。学園の高嶺の花的な存在だ。
 そんな彼女が、一体どういう了見で自分なんかに声をかけてきたのだろう。
 蒼太が呆然としていると、憂は髪をかき上げながら、ごく自然に、こんな言葉を口にした。

「あなた、私と付き合ってくれないかしら」
「はっ?」

蒼太は耳を疑った。
 今、この人は何と言った?
「あ、ああ……付き合うってあれですか。近所の売店まで付き合えとか、そういうベタなオチですね……ははは、わかっておりますとも。お約束ですから」
 乾いた笑い声を出しながら、牽制するように言う。
 だが、予想は大きく外れた。蒼太の答えに、憂は少しばかり口を尖らせたのだ。子供っぽく。心外だ、とばかりに。
「いいえ、男女の交際という意味で付き合って欲しいんだけれど」
「は、はぁっ?」
「私、あなたのことを好きになったみたいなの」
 淡々と、愛を告白する学園の高嶺の花。その表情には変化がなく、本気かどうかは判断しかねるが、少なくとも冗談ではないようだった。
 蒼太は狼狽しながら尋ねる。
「え、いや、だって。オレ、今日初めて先輩と会ったんですよ? 今まで何の接点もなかったのに。どうして、そんなオレなんかと?」
「それが、私にもよくわからないんだけど……昨日あなたを見た瞬間、好きだと思ってしまったの。それで色々と調べて、こうやって告白に来たわけ。これが俗に言う一目惚れというものなのかしら」
 憂はそう言ってから、不意に顔を近づけ、心なしか熱っぽい目で蒼太を見つめる。
「それで、どう? 付き合ってくれるの?」
「え、あ、え、それは……」
 いきなりそんなこと言われても。
 蒼太はパニックを起こす脳を制御するのに必死であった。
(何だ、これ。どうしていきなりこんなこと言われてるんだ? 罠か? 何かの罠なのか? 学園内でまさかの美人局的な……?)
 ネガティヴな考えが頭を支配し、疑心だけがどんどんとふくれあがる。
 憂はそれを理解したのか、どこか寂しげな笑みを浮かべると、
「まぁ、混乱するのも無理もないわ。また返事をちょうだい。いつでも待ってるから」
 そう言って、踵を返して玄関の外に向かって歩いていく。
 途中、振り返って蒼太を見ると、初めて悪戯っぽい笑みを口に浮かべた。

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