自国の船舶を襲われたとあって、はじめに動いたのはアメリカ海軍だった。

未知なる生物の保護など何のその、日本の横須賀沖に停泊中の第七艦隊の空母打撃群を現地に送り込んだ。世界最強と謳われる艦隊が、馬鹿でかいだけの動物に負けるわけがない、はじめはみんなそう思った。
 タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦、イージス駆逐艦が次々と怪物の潜んでいる海域に向け出航。

照明弾によって真昼のように照らされた洋上を煩わしそうに首をもたげる巨大生物群に対し、攻撃が敢行された。
 ハープーン対艦ミサイルは次々に着弾、さしもの巨大生物もこれで一巻の終わりと思われた。

だが数時間後、報告を受けた大統領は頭を抱え、己が信じる神の名を小さく3度呟くと、その場に崩れるように倒れたのだった。司令室のモニターには、米海軍の誇るニミッツ級原子力空母が、黒煙を上げて海底に没する空撮映像が映し出されていた。

米海軍からの報告を受けた国連では、これらの生物をプテリギオン――ギリシア語で『ヒレ』の意味――と呼称し、その対策に当たった。各国は海の脅威であるこれらに対し、お互いのエゴを捨てて、手を結ぶことになったのだ。それぞれの国が出し惜しみせずに火力を提供しあい、国際連合軍、略して国連軍として総力を持ってこれを叩くことに合意した。

そうこうしているうちにも、プテリギオンは、海は自分たちの庭とばかりに泳ぎまわり、太平洋からインド洋にかけてその猛威を振るっていた。
 彼らは差別することなく、洋上を行きかう船舶、そして潜水艦を――人類が作り出した海を往くものなら何でも――その巨大なヒレで叩き潰していったのだ。

国連では直ちに船舶による太平洋の航行を禁じた。それは制海権を奴らに奪われたも同然のことで、それによって流通のラインが途絶え、世界経済が麻痺しかかった。

入れ替わるように、国連軍の艦隊が日夜、プテリギオンと激しい戦闘を繰り返した。執拗な攻撃に怒ったのか、プテリギオンの中には、近隣の島に上陸し、その猛威を振るうものも現れた。はじめにその姿が目撃されたのは、初出現地点からそう遠くない、ラリック列島の小島、リブだった。
 島民が少ないため、報告が遅れたのだが、ヒレの様な四肢を使い、産卵期のウミガメの如く上陸したということだった。

現用兵器ではまるで歯が立たぬプテリギオンたちに、国連軍は抗う術を失い、上陸を阻止するために、太平洋沿岸の都市では巨大な防獣壁を作るぐらいしかできなかった。しかし、巨大なコンクリートと鉄骨でできた防壁もあっさりと破壊され、その進撃を許すことになる。

そして、制海権をかけた巨大怪獣と人類との戦いが始まってから2年近くが過ぎようとしていた。

国連軍は海の戦力を、ことごとくプテリギオンに潰され、ついには核使用まで検討された。だが、そこにわずかながら勝利への小さな手掛かりが表れたのだ。

能美カズヒサ博士を筆頭とする日本の研究チームが、多大な犠牲を払って、一頭のプテリギオンに取り付けた発信機によってその行動ルートの割り出しに成功したのだ。
 プテリギオン抹殺を提唱する国連軍に対し、初めはその研究発表をためらっていた能美博士も、その惨状を見るにつれ、ようやく重い腰を上げたのだ。

『一頭も残さず、殲滅する!』

追跡が始まって半年後。プテリギオンの回遊ルートを突き止め、その巣窟が出現地であるマーシャル諸島から遠くない海溝部にある、巨大洞窟にあることを突き止めた。

もはや現用兵器での抹殺は不可能と見た国連軍では、プテリギオンの好むある種の音波で彼らを巣窟に誘い出し、そこで一挙に巣ごと冷凍漬けにして封じ込めようという壮大な作戦に取り掛かった。
 とはいえ、確認されているすべての数を集めるのに、そこから更に半年の月日を要した。国連軍、いや人類はその時が来るのをひたすら待った。既に世界の政治、経済は大きく乱れ、これ以上作戦を伸ばすと世界秩序の崩壊を招き、大国の弱体化を狙う中小国との紛争にもなりかねない状態だった。

 そしていよいよ作戦決行の日が近づいた。
 三十頭近くいるプテリギオンの群れが巣窟に集まり、我が家でくつろいでいるところへ、液体窒素を満載した爆薬――アメリカ軍のつけた愛称『アイスバー』――を撃ち込むのだ。

 その当日。

不気味なまでに黒く、静かな海面を見つめながら、能美カズヒサはふう、と紫煙を吐いた。
 南洋独特の湿気を含んだ暖かな風が、煙をカズヒサの頭上まで舞い上げ、そして散らせていく。

いつもだったらこの時間、何をしていただろうか、多分家で娘と一緒に夕食でも食べていたんじゃないのか? そんなことを考え、カズヒサは再びタバコを咥え、ゆっくりと吸い込む。
「博士」
 そう言われてカズヒサは振り向いた。オリーブ色の軍服にオレンジの救命胴衣、そして同色の略帽を被った体格のいい、若い男が立っていた。その顔はよく日焼けしており、ふと緩めた口元からは、白い歯がこぼれていた。その笑顔を見るのは今日で何度目だろうか。自分が教鞭を振るう教室の大学生とそれほど年齢は変わらないだろうが、そのガッシリとした容姿から幾分か年上に見える。
「君か……」
 気まずそうにカズヒサは再び顔を、凪いでいる海上へと向けた。
「困りますよ、ここは禁煙です」
 そう言って若い男は携帯型灰皿をカズヒサに手渡した。
「そうだったかな……?」
 とぼけてはいたが、カズヒサは自分のいる場所――あたご級護衛艦――の甲板が禁煙であることぐらい乗船前に知らされていた。
「やっぱり落ち着きませんか? これからどうなるか、我々にも予測できかねることが多いもので」
「私もだよ……」
 そう言ってカズヒサは灰皿にタバコを押し付けた。

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