そのほっそりとした後姿、それに黒っぽい制服で、誰なのかはすぐに分かった。しかしそれがあまりにも意外な人物だったので、変な声が出てしまったのだ。
「カー、カー、カー……カー」
「カーラです、能美ナミさん。カーカーって、カラスじゃないんだから」
 くるっとカーラが振り返った。
「うん、カーラ、カーラさん、それともシュミットさん? お、おはよう」
 恐る恐る片手を上げて挨拶をするナミに対し、カーラは軽く敬礼をする。
「ごめんなさい、癖で……それと、私のことはカーラでいいわ」
 てへへ、と照れるように、ナミは小走りに、カーラの隣に並んだ。
「カーラ……も、海が好きなの?」
「ええ。故郷には海がなかったから、珍しいの」
「そっか……びっくりしたよ、朝っぱらから私以外に来る人間なんていないから。お化けかなーって、イヤイヤ、それはないか、朝からお化けなんて、ねえ」
 明るく振舞うナミを、カーラは無表情で見ると、再び、視線を海にやった。
「いいものね、海って。静かで……今度は任務を外れて、来てみたいわ」
「任務って……やっぱりカーラはお父さんかお母さんが軍関係なの?」
 カーラは首を振った。
「いいえ。私がそうなの」
「へ?」
「私自身、ここの警備を任されて赴任してきたの」
「えええ?」
 そこで、初めてカーラは口をほんの少しだけ、緩めた。
「驚くのも無理ないわね。でも変ね。クラスの人たちには話したと思ったんだけど。聞いてなかったかしら?」
「だって、だって……いつもはカーラの周り、その、男子が群がっててさ、二人だけで話したのって今日がはじめてだから」
「そう言われればそうね。彼らにすれば私は……そうね、珍獣みたいなものね」
 フフ、とカーラが小さく、自虐的な笑みを浮かべる。
「ち、珍獣って……ごめん。群がるだなんて、変な言い方しちゃった」
「気にしないでいいわ」
「じゃあ、その……沿岸警備隊みたいなもの?」
 そうよ、とカーラが頷く。
「同年代の女子隊員で構成されている部隊のね」
「へええ……、カーラってすごいんだねえ」
「そんなことないわ、私からすれば……あなたの方が」
「私?」
 思わず、ナミは別の誰かでもいるのかと思い、振り返ったが、誰もいない。後ろには穴の空いた防獣壁があるだけだ。
「あなた以外に誰がいるの? 能美ナミ、あの偉大な能美カズヒサ博士の一人娘」
「いやあ、すごいのはお父さんであって、私なんか……でもすごいね、私のこと、調べたの?」
「赴任前にクラス全員の資料に目を通しただけ。そしたらあなたの名前があったの、それだけよ……先の戦闘で多大なる貢献をしたドクトル能美。そのご息女と席を並べられるのはとても光栄なことよ」
「ご息女ってそんな、だから、お父さんが偉いんであって私は……もーう、朝から褒められちゃうとなんだか……」
 照れるあまりに顔を伏せたナミが、次に顔をあげたときには、カーラの姿はなかった。もっと話したいことがあったが、そのチャンスはこの先いくらでもある、海が好きな人間だから、きっと話が合うはずだとナミはカーラの去った方向を見て、そう思った。

「やっぱり、疎開かね?」
 その日の放課後。
 猫のイラストが入った前掛けで手を拭きつつ、パン屋のオバちゃんがナミに尋ねる。
「まだ大丈夫だよ、というかずっと大丈夫」
「でもさあ、みんな噂してるよ、アレが来るって。漁協のタッちゃんは船で逃げるんだーって。そんなことしたら真っ先にアレに食われるのにね」
「おぉ、タッちゃんはブレイブマンね」
「『勇敢な人』、ですね」
 山盛りのカキ氷を食べながら、レイクが言った。
 レイクが久しぶりに顔を見せたので、オバちゃんが奮発して
『お姉ちゃんのおっぱいぐらいのサイズ』
 のカキ氷を特別に出してくれたのだ。
「それに大丈夫。アレが来ても……」
 ざくっとレイクがカキ氷にスプーンを突き立てる。
「久し振りだって言うのに、またその話?」
 またレイクのプテリギオン抹殺論が出るのか、とナミはうんざりした顔になった。
「久しぶりに言うけど、私は絶対殺させないわ」
「分からず屋のジャパニーズ、あんな危険なものはこの世から消えたほうが世のためなの!」
「あぁああ、もう、やめてください。それはお互い、自分の意見を持っているということで、それはそれでいいじゃないですか、あぁあ」
 いつも二人の仲裁役、ジャッジをしないレフリー役のハルミが、慌てるように両手を振る。
「美味しそうね、それ」
 そこに、いつの間にかカーラが立っていた。その手には小さなクロッキー帳を持っている。
「あ、あ、転校生のカーラさんですか? 私1年の……」
 初対面、ということで、ハルミが思わず立ち上がる。
「新城ハルミさんね、よろしく」
「えぇ、私のこと、知ってるんですか?」
「転校前に資料を渡されたから。全校生徒のね」
「すごい、すごいですよカーラさん、これからもよろしくお願いします!」
 と、ハルミが会釈すると、カーラも反射的に敬礼をする。
「で、カーラは何やってたの?」
「私? ……散歩と、スケッチを少々」
 と、カーラはクロッキー帳をナミたちに見せる。
「ちょっと見せてよ」
「ええ。あまりうまくないけど」
 ページをめくると、ミサキ町のあちらこちらが流麗なイラストで描かれていた。
「すごいすごい、お上手ですね」
「うんうん、すっかりここが気に入ったみたいだね、カーラは」
「赴任先のことを知っておきたいのよ。絵にすると、そこを把握したような気分になる、それだけよ」
「いやいや、イラストレーターでも通用しますよ、カーラさん」
「ほんとほんと、今度学校も描いてよ」
 と、ナミとハルミが褒めちぎっている間、レイクは横を向いて、黙々とカキ氷を食べていた。

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