夕刻のニュースではその模様をヘリからの空撮で見ることが出来た。
 海岸に張られる非常線、巨大連絡橋は完全封鎖され、沿岸部を巡視船が行き交っている。
『まるで、テロ、テロが起こったようです! 日本は再び、あの忌まわしい12年前の惨状に巻き込まれるのでしょうか!』
 風に煽られながら、ヘリ中継のレポーターが叫ぶ。

『現在、謎の生物の正体も、その行方も要として掴めず、都民は恐怖におののくばかりです。一刻も早い生物の捕獲を願いたいものです』
 ニュースキャスターが、そんな状況を冷静に伝えていた。
 その様子を自宅で見ながら、ナミは古いノート、そして昆虫図鑑を開き、交互に目を通していた。

クゥオォオオーン。

その夜。
 テレビ局周辺の沿岸を警備していた自衛隊員から、奇妙な声を聞いた、との報告があった。
 それは一人だけではなく、その時配備された全員からだ。同時に、巡視船からも同様の報告がなされた。その声はまるで、巨大な動物の鳴き声のようであり、かつての戦いに参加したある士官は、声を聞いた瞬間、全身に鳥肌が立った、という。
 あの時聞いたのと同じ鳴き声……。

 同じ頃、チャールズも、全身総毛立つ思いでヒューゴからの報告を受けていた。
「奴だ……奴が、近くに来ているのか!」

その翌日。
 終業式を終えると、ナミたちはいつものように、パン屋に出向き昼食代わりのメロンパンと、デザート代わりのカキ氷にありついた。
「あれは……フナムシのような、ダイオウグソクムシのような……まあ、未発見の多足生物、というのが私の意見」
 カーラが珍しく話題を切り出した。
「カーラに同意するわ。補足するなら、あれはアレの寄生生物のようなもの」
「アレって……プテリギオンの?」
 これまた珍しくカーラが取り乱すと、ナミがうん、と答える。
「寄生? パラサイト?」
「じゃあ……」
 ハルミが息を飲む。
「多分、あの時近くにいたのよ。そこで、エサを求めて一匹が近くにやってきた……」
「しかし、先の戦いにおいて、あのような生物の目撃報告はされていないはずでしょ?」
 ナミはフフン、と鼻を鳴らすようにして、一冊の古いノートを出すと、開いて見せた。中には手描きの海洋図に、所々×印と矢印が記されている。
「これはお父さんのノート。まあ『プテリギオン大百科』みたいなものね」
「大百科?」
 カーラが興味深そうに、それをしげしげと見ている。
「矢印はアレが通ったコース。×印は目撃された場所。どれも太平洋から出ていないわ。それは……そこがアレのテリトリーのようなものだからよ」
「大西洋や日本海までは足を伸ばしていないようね」
 カーラがじっくりとノートに見入っている。
「そう。そこで私は昨日、ほとんど寝ないで考えた。あの時、巣から何とか逃げた個体は、外洋を回っていたんじゃないかって。その時にあの生物が寄生して、何らかの要素が加わり巨大化したのか、元からああだったのかはよく分からないけど」
「すごい、ナミさん、すごい!」
 パチパチとハルミが、続いてレイクもつられて拍手する。
「じゃあ……あのムシが現れるところにプテリギオンがいると?」
「あくまでも私の仮説だけどね」
「あ、じゃあさ、あのミイラ殺人の犯人って……あのインセクトって事?」
「インセクト……『ムシ』ですよね。……えっ、じゃあ」
 ハルミが、レイクの英語をいつものように訳する。
「うん。カブトムシが樹液を、チョウチョが花の蜜を吸うように、あいつらも人間の体液を吸って養分にしているかもね」
「なるほど、そう言われるとうまく説明がいくわね」
 そう言いつつ、カーラはじっとノートを見ている。
「で、ナミはあのインセクトも保護するつもり?」
「そりゃ、場合によりけりだけど、アレは人を直接襲うからなあ。って、また蒸しっかえすつもりなの?」
 意地悪く微笑むレイクに挑むように、ナミが睨みつける。
「言っとくけど、カーラもアレの保護に賛成しているんだからね、多数決ではこっちの勝ちよ!」
「数の問題じゃないでしょ、キルかキルされるか、ならキルしちゃえって言ってるの、ずっと前から!」
「あぁああ、もう、はじまったー! カーラさんも言ってください、お2人、これが始まると長いんだから。私なんか何度見たいテレビ見逃したことか」
「不毛ね。まだ相手の姿を見ないうちから議論するのはいたずらに心身をすり減らすだけよ」
 いつもながらのカーラの冷静な口調に、ナミもレイクも、気がそがれたように『ふんっ』とそっぽを向け合う。
「それと、ナミ。今後の対策の資料にしたいので、そのノート貸してくれないかしら」
「え……」
「ドクトル能美の研究が再び、世界を救ってくれるかもしれないわ」
「え……でも、これってお父さんの個人的な研究だし、手描きだし、絵は上手くないし、誤字多いし……」
「構わないわ」
 すっとカーラが手を出す。
「ノー!」
 そんなカーラに、レイクが声を上げた。
「ノーだよ、ノーミ博士の研究、というよりこれはナミのファーザーが残した思い出の品、渡しちゃだめ!」
 突然の剣幕に、ナミとハルミは唖然とし、カーラは思わず手を引っ込めた。
「……そうね、ごめんなさい」
「いや、そんな事ないよ。でも人にお見せできるものじゃないし、ごめんね。で、何でレイクが大声出すのよ」
「ナミもカーラもソーリーね。でも、大事な形見なんだから、むやみに人に渡しちゃダメじゃないって思ったの。たとえ、それが友達でも」
「友達……?」

その言葉に、カーラははっとなる。
 いつもでたらめなことばかり言ってふざけていたり、口喧嘩ばかりしているレイクとナミ、それにハルミ。
 いつの間にか自分も彼女たちの『友達』のポジションに収まっていたのか、と思うとなんだか嬉しくもあり、照れ臭くもあり、複雑な気分だった。

だが、あのノートはぜひとも欲しい。ひょっとしたら、あのノートがこれからの戦局を変えるかもしれない。『友達』ではなく『軍人』として、カーラはそう思っていた。ひょっとしたらレイクはそのことに感付いていたのかもしれない。

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