「……初めてなの。自分から男の人を好きになったのは」
「え?」
「だから、がっかりさせないでね」
 その魅惑的な言葉と仕草に、蒼太は頭をぶつけたような衝撃を受けた。
 くらくらとしている間に、憂は歩き去っていく。
「な、何だ。まさか、本当にこのオレが……?」
 そうつぶやく彼の心には、期待と不安が迫ってきていた。
 しかし、すぐに首を振る。
「いや、あり得ない。だってオレだぞ。学園で密かに行われた、『この学園でぱっとしない男ランキング』ナンバーワンに燦然と輝いたこともあるこのオレなんだ」
 あの時は本気で泣いた。
 そんな自分なのだから、今回の告白も何かの間違いじゃないかと思う。
 しかし――もしも、相手が本気だったら失礼なことになるし。
「どう反応したらいいんだ……あ、ストレスで持病の胃潰瘍が」
 喀血しながら、彼はへなへなとその場にへたり込むのであった。

第二の伏線は、何とか胃の様子が収まってから、校舎を出ようとした矢先に回収された。
「先輩~」
 元気な声が後ろから追いかけてきた。
 振り返ると、髪をサイドテールに結わえた少女がこちらに向かって駆けてくる。
 今度は見覚えのある娘であった。
「ありあ」
「うっす、先輩! 今日もお勤めご苦労さんです!」
 びしっ、と片手を挙げて、テンションも高く少女は挨拶をする。くりくりと大きな目と、愛嬌たっぷりの明るい笑顔が、蒼太に注がれた。
 名前は、田中亜理亜――本人はこの平凡な名字と、ごてごてした漢字の名前にコンプレックスがあるそうで、ひらがなで『ありあ』と思い浮かべて呼ぶように言って回っている――「先輩」と口にしていることからもわかるとおり、蒼太の一学年下の後輩だ。
 学園では新聞部所属。取材中に、ひょんなことから蒼太と知り合いになり、何が気に入ったのかは知らないが、それ以降時折彼に話しかけてくる。
 もっとも、珍獣か何かを見る目で接してきているのではないかと、蒼太はにらんでいるのだが。何しろ、出会った時に彼女が行っていた取材が『モテなさそうな男に聞く、君の人生はこれでいいのか特集』という、大変失礼極まりない記事のものだったからだ。
「女の子に好かれることなんて一生ないけど、独り身で孤独死を迎えるのもイヤだから、何とか収入のいい会社に入って見合いとか頑張る」
 と自分がコメントしたのを、蒼太は覚えていた。
 ともあれ、ありあは蒼太の下に駆け寄ると、ごく自然に笑顔を向けながら言った。

「先輩、あたしと付き合ってください」
「……は?」
「答えはイエスかはい、それ以外認められないです! ユー、付き合っちゃいなよ!」

その言葉を聞いて、蒼太が初めに思ったのは「やだ、怖い」だった。
 目の前の少女は、顔を赤らめて息を切らせていた。走ってきたからだろうが、その疲れたような表情の中に、確かに期待に満ちた輝きがある。
 大きくくりくりとした瞳は、じっ、と蒼太に向けられて、微動だにしない。
 蒼太はとりあえず、相手の真意を確かめることにした。
「えーと、あの……新しい新聞の記事か何か? モテない男がいきなり告白されたら、どうリアクションを返すのか、リサーチしているとか」
「もー、違いますよ! 本気も本気、大本気です! あたし、先輩としっぽりとした関係になりたいんですよ!」
 両の拳を振り上げて、ぶーぶー、と口を尖らせるありあ。
 軽い。どうにも軽い愛の告白だが、そもそもこの娘の性格自体が軽いので、こんなものなのかもしれない。
(あ、いや、しかし。それでもオレだぞ? 普通告白してくるか? インタビューで、モテない男がどうとか聞いてきた張本人なのに)
 しかも、つい今さっき、学園の高嶺の花に告白を受けたばかりだ。そして、ありあも性 格は軽いが、可愛い娘には変わりない。
 おかしい。蒼太は思った。こんな偶然が続くはずがない。
 だが、ありあは蒼太が戸惑っている理由を、違うものに考えたのか、納得するようにうなずくと、
「ま、すぐには返事は無理かもですね。しばらく心の整理をつける時間をあげるので、その間にどう返事するか考えておいてください。ドラマチックなOKでよろしくお願いします!」
 肯定するのが前提だ。
 だが、それで不快感を覚えないのが、ありあという少女の不思議な魅力でもある。
 彼女は「それじゃ、よろしく!」と告げると、玄関から外へと駆け出していった。
 それを見送りながら、蒼太は深々とため息を吐く。
 ありあの言葉が本気なのかどうか、その判断が下せないためだ。しかも、強制的にOKしろときたものだ。
「何か、さっきよりプレッシャーが……おなかが痛い」
 持病の過敏性腸症候群がうずき、蒼太は一度校内に戻ってトイレに行くことにした。

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